2006/05/30:庭の話 その5…家の中に庭がある?!
NK邸リフォームの建て主さんは園芸が趣味の方です。
リフォームにあたって、
花をいっぱい植えられる庭を作りたい…
でも長屋でそんなスペースがとれない…。
そんなNKさんの要求にこたえるため、
道路側の一室をなくして家の中に庭を作りました。
庭は工夫次第でどんな条件の建物であっても
設けることができます。そして、数週にわたって
紹介したとおり、ただ眺めるだけでなく、
「記憶を残す」「使われる」「生態系を感じさせる」など
いろいろな価値を庭は持っています。
あなたが欲しいのはどんな庭ですか?
2006年5月30日火曜日
2006年5月22日月曜日
生態系を感じる庭
2006/05/22:庭の話 その4…生態系を感じる庭
わたしの事務所のベランダでは、庭というほどではないけれど
も、ガーデニングらしきことをやっています。3年目になるこの庭に
今年はちょっとした変化がおきています。
一つ目はアブラムシが大発生したこと。昨年撲滅したはずだった
のですが…。
二つ目は草花が鉢を飛び越えて他の植木鉢に生えてきたこと。
下の写真のように紫色の花がお隣の鉢にも自生しています。同
じ調子でいろんな花がいろんな鉢に混生して、図らずもにぎやか
な庭になっています。プチ・イングリッシュガーデン状態とでもいい
ましょうか。
虫にしても草花にしても、地上ならどこかから飛んできたり、鳥が
運んでくるのでしょうが、わたしの事務所はビルの9階にありま
す。外から入ってこないということから察するに、ベランダ内で生
態系のようなものが形成されているようです。
もしかすると地上から隔離されているだけに、そのことがはっきり
わかるのかもしれません。きれいな花を眺めるだけでなく、生物
のサイクルを感じることができる。そんな楽しみが高層階ののベ
ランダにはあるようです。
わたしの事務所のベランダでは、庭というほどではないけれど
も、ガーデニングらしきことをやっています。3年目になるこの庭に
今年はちょっとした変化がおきています。
一つ目はアブラムシが大発生したこと。昨年撲滅したはずだった
のですが…。
二つ目は草花が鉢を飛び越えて他の植木鉢に生えてきたこと。
下の写真のように紫色の花がお隣の鉢にも自生しています。同
じ調子でいろんな花がいろんな鉢に混生して、図らずもにぎやか
な庭になっています。プチ・イングリッシュガーデン状態とでもいい
ましょうか。
虫にしても草花にしても、地上ならどこかから飛んできたり、鳥が
運んでくるのでしょうが、わたしの事務所はビルの9階にありま
す。外から入ってこないということから察するに、ベランダ内で生
態系のようなものが形成されているようです。
もしかすると地上から隔離されているだけに、そのことがはっきり
わかるのかもしれません。きれいな花を眺めるだけでなく、生物
のサイクルを感じることができる。そんな楽しみが高層階ののベ
ランダにはあるようです。
2006年5月15日月曜日
記憶を残す庭
2006/05/15:庭の話 その3…記憶を残す庭
昨年竣工した、わたしの自邸は建て替える前の庭を
ほぼ、そのまま残しています。
「駐車場にしたら?」という声もあったのですが、
「駐車場は外で借りられても、庭は借りられない」ということで
残しました。
おかげで毎月駐車場代を払っているのですが、
そうしてでも、この庭残したのは建て替える前の
家の記憶をどこかに残したいという思いがあったからです。
建物は耐久性や時代の変化で何らか変わって
いかざるをえませんが、庭は昔のままでいられます。
また、木々の変化が家の歴史を刻んでいきます。
数年前、たまたま見つかった昔の写真を見てそう思いました。あ
んなに大きな木は最初はこんなに小さかったんだと。
自邸の近所では建て替えのたびに立派な庭が
つぶされる光景にでくわします。わたしの庭は
そんな風潮へのささやかな抵抗であると同時に
未来の我が家の主への遺産でもあるのです。
昨年竣工した、わたしの自邸は建て替える前の庭を
ほぼ、そのまま残しています。
「駐車場にしたら?」という声もあったのですが、
「駐車場は外で借りられても、庭は借りられない」ということで
残しました。
おかげで毎月駐車場代を払っているのですが、
そうしてでも、この庭残したのは建て替える前の
家の記憶をどこかに残したいという思いがあったからです。
建物は耐久性や時代の変化で何らか変わって
いかざるをえませんが、庭は昔のままでいられます。
また、木々の変化が家の歴史を刻んでいきます。
数年前、たまたま見つかった昔の写真を見てそう思いました。あ
んなに大きな木は最初はこんなに小さかったんだと。
自邸の近所では建て替えのたびに立派な庭が
つぶされる光景にでくわします。わたしの庭は
そんな風潮へのささやかな抵抗であると同時に
未来の我が家の主への遺産でもあるのです。
2006年5月11日木曜日
使われる庭
2006/05/11:庭の話 その2…使われる庭
わたしが東京で勤めていた設計事務所では
当時、新潟市民芸術文化会館というホールの設計を
手掛けていました。わたしはその周りの公園の設計を
担当していましたが、このときの経験がわたしの「庭」観に
影響を与えています。
新潟市民芸術文化会館は森の中に建つということを、
コンセプトにしたホールでした。
公演がはじまるまでの待ち時間や休憩時間、
そして公演の余韻を味わいながらの帰り道、
木々を眺めたり散策したり…
森の中で楽しい時間がすごせるよう
意識して設計しています。
ここで庭は眺めるだけのものではなく、
公演の数時間を楽しくすごすための
「ツール」のようなものです。つまり「使う」庭です。
そのため、新潟市民芸術文化会館では
庭が建物の飾りであることをこえて、
ホールにとってなくてはならない存在と
なっています。
この新潟市民芸術文化会館を設計した経験から
日常から逃れるための鑑賞用庭より、
日々のくらしを楽しくすごすための使われる庭に
わたしは関心を持つようになりました。そして
そんな「使われる」庭をつくっていきたいと
強く思うようになりました。
わたしが東京で勤めていた設計事務所では
当時、新潟市民芸術文化会館というホールの設計を
手掛けていました。わたしはその周りの公園の設計を
担当していましたが、このときの経験がわたしの「庭」観に
影響を与えています。
新潟市民芸術文化会館は森の中に建つということを、
コンセプトにしたホールでした。
公演がはじまるまでの待ち時間や休憩時間、
そして公演の余韻を味わいながらの帰り道、
木々を眺めたり散策したり…
森の中で楽しい時間がすごせるよう
意識して設計しています。
ここで庭は眺めるだけのものではなく、
公演の数時間を楽しくすごすための
「ツール」のようなものです。つまり「使う」庭です。
そのため、新潟市民芸術文化会館では
庭が建物の飾りであることをこえて、
ホールにとってなくてはならない存在と
なっています。
この新潟市民芸術文化会館を設計した経験から
日常から逃れるための鑑賞用庭より、
日々のくらしを楽しくすごすための使われる庭に
わたしは関心を持つようになりました。そして
そんな「使われる」庭をつくっていきたいと
強く思うようになりました。
2006年5月1日月曜日
庭の話
2006/05/01:庭の話 その1
外に出るのがホントに気持ちいい季節になって来ましたね。
そんなことに関連して「庭」の話を。
*先日、JUNというパフォーマーのダンス公演を
観に行きました。会場は松屋町のとあるビルの屋上。
そこにJUNさん自らが即興的に竹で庭を作り、
そこでJUNさん自身が踊るというものです。
踊りながら竹を楽器のように叩いたり、組んだ竹に
登っていったり揺らしたりと、竹庭を単に舞台として
だけではなく、パフォーマンスを引き立たせる
道具として使っていました。
*この公演を主催していたのは、『空庭』という
都心のビルに庭を作る活動を続けている
造園家の方です。
ここ数年、建物の屋根を緑で覆う「屋上緑化」が
民間や行政で進められていますが、
空庭さんの活動はちょっとそれとは違う印象を持っていました。
それはどうしてなのだろう?というあたりを探って
みたかったので、お話を聞かせていただきました。
空庭さんの作りたいものを一言でいうと
「都心の里山」なのだそうです。
ただ、癒されるとか懐かしいだけでなく、
かつて里山は食べ物や建材をとるための場所、
ところによっては儀式のための場所でもありました。
そんな、里山というコンセプトから空庭さんが
つくろうとしているのは、使える庭、生活を支える庭、
何かことを起こす庭のようです。今回の竹庭での
パフォーマンスは十分それを実現していました。
そのアクティブ感が、まちで見かけられる
ただ眺められるだけの屋上緑化と違う印象を
与えていたのでしょう。空庭さんのこれからの
活動からは目が離せません。
では、ヨシナガの考える庭はどんな庭か?
それは次週お話します。
外に出るのがホントに気持ちいい季節になって来ましたね。
そんなことに関連して「庭」の話を。
*先日、JUNというパフォーマーのダンス公演を
観に行きました。会場は松屋町のとあるビルの屋上。
そこにJUNさん自らが即興的に竹で庭を作り、
そこでJUNさん自身が踊るというものです。
踊りながら竹を楽器のように叩いたり、組んだ竹に
登っていったり揺らしたりと、竹庭を単に舞台として
だけではなく、パフォーマンスを引き立たせる
道具として使っていました。
*この公演を主催していたのは、『空庭』という
都心のビルに庭を作る活動を続けている
造園家の方です。
ここ数年、建物の屋根を緑で覆う「屋上緑化」が
民間や行政で進められていますが、
空庭さんの活動はちょっとそれとは違う印象を持っていました。
それはどうしてなのだろう?というあたりを探って
みたかったので、お話を聞かせていただきました。
空庭さんの作りたいものを一言でいうと
「都心の里山」なのだそうです。
ただ、癒されるとか懐かしいだけでなく、
かつて里山は食べ物や建材をとるための場所、
ところによっては儀式のための場所でもありました。
そんな、里山というコンセプトから空庭さんが
つくろうとしているのは、使える庭、生活を支える庭、
何かことを起こす庭のようです。今回の竹庭での
パフォーマンスは十分それを実現していました。
そのアクティブ感が、まちで見かけられる
ただ眺められるだけの屋上緑化と違う印象を
与えていたのでしょう。空庭さんのこれからの
活動からは目が離せません。
では、ヨシナガの考える庭はどんな庭か?
それは次週お話します。
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